1. 現代社会の見える化トレンド

1-1. 「見える化」があらゆる業界で求められる背景

近年、「見える化(可視化)」が多方面で注目を集めています。
製造業ではIoTセンサーによる生産ラインのモニタリング、オフィスワークではプロジェクト管理ツールによる業務フローの視覚化などが進み、それらは業務効率化と迅速な意思決定に直結する取り組みとして捉えられています。
さらに、建設業や医療分野では3DモデルやAR(拡張現実)、VR(仮想現実)技術が導入され、紙や口頭説明だけでは捉えきれなかった空間情報を可視化する動きが急速に広がりつつあります。

この背景には、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進と技術基盤の進化が大きく関係しているといえます。総務省の『令和6年版情報通信白書*』では、AIやメタバースなどの先端デジタル技術が社会や産業界において急速に普及・活用されている現状に触れられており、それらを活用した「データの利活用と課題解決」が一層重要視されると指摘されています。

こうした流れの中で、膨大かつ複雑な情報を短時間で正確に把握するための「可視化(見える化)」は、企業や自治体、個人にとっても意思決定や課題解決を支える不可欠な手段になっているのです。

実際に、日々多量の情報を扱うビジネスパーソンは、データを瞬時に分析・理解し、戦略や意思決定に反映させる必要があります。令和6年版白書でも、生成AIをはじめとする先端技術がオフィス業務や産業プロセスに組み込まれ、DXを通じて業務形態そのものが変化する事例が取り上げられています。

こうした経営環境や働き方の変化が、「見える化」へのニーズをいっそう押し上げてきたと考えられます。

さらに、企業姿勢としての「透明性」が消費者や社会から求められるようになったことも、見える化が注目される要因の一つです。たとえばガバナンスやコンプライアンスの徹底を重視する「ホワイト企業」への期待が高まる中で、社内プロセスや提供サービスの内容をいかに分かりやすく開示するかが信頼構築のカギを握るようになりました。

見える化によって、企業内部の仕組みや業務プロセス、さらには製品やサービスの詳細までも情報公開できれば、消費者は企業の姿勢に共感や安心感を得やすくなります。こうした社会的要請も相まって、可視化技術は今後ますます重要なテーマとなっていくでしょう。

*令和6年版白書 https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/r06.html

1-2. エンタメ・観光・アウトドアへの波及

「見える化」の波は製造業やオフィス業務だけでなく、エンターテインメントや観光分野、さらにアウトドア領域にも及んでいます。旅行や宿泊施設の予約サイトを中心に、多数の写真や360度カメラ映像を掲載する事例が増えており、一部ではバーチャルツアー(VRツアー)を公開する動きも活発化しています。これは、利用者が訪問前に“実際の雰囲気”をできるだけ具体的に掴みたいという強いニーズがあるからです。

実際に、イギリスの大手旅行会社Thomas Cookが2015年に始めた「Try Before You Fly*」というVRキャンペーンは、その代表的な例といえます。同社は一部の店舗にVR機器を設置し、顧客に旅行先の景色や観光スポットを疑似体験してもらう取り組みを行いました。Travel Weeklyをはじめ複数の旅行関連メディアの報道によると、ニューヨークなどの旅行商品において、VR体験を導入した店舗では大幅な予約増が見られたとされます。

こうした事例は、「見える化」が単なる宣伝効果だけでなく、利用者の信頼と納得感を高める武器になり得ることを示しています。

また、SNSの普及によって、魅力的な写真や動画が拡散されやすくなったことも「見える化」を押し上げる要因です。たとえば、キャンプ場や観光地の「絶景」「フォトジェニックなスポット」はSNS上でシェアされやすく、結果として新規顧客を呼び込む力になります。

こうしたデジタル時代の消費行動と情報共有の変化を踏まえると、「見える化」がもはや“あると便利”ではなく、“ないと不安”というレベルにまで価値を高めていると言っても過言ではありません。

*Try Before you fly https://visualise.com/case-study/thomas-cook-virtual-holiday

1-3. デジタルツイン市場の拡大と技術革新

こうしたトレンドを背景に、「デジタルツイン」という概念が注目を集めています。デジタルツインとは、物理空間や製品を仮想空間上でリアルに再現する技術を指し、製造業や都市開発、さらには観光分野にも導入が進み始めています。
市場調査会社Markets and Markets*によると、デジタルツイン市場は2020年の101億ドルから2026年には1,101億ドル規模に達すると予測されており、これは世界的に「より正確で分かりやすい情報」を求める声が高まっている現れでもあります。

また、技術革新によって3Dスキャンや360度カメラが高精細化・低コスト化・小型化してきたことで、従来は大掛かりな設備や専門知識がなければできなかった可視化手法が、より身近なサービスとして利用可能になってきています。
高速通信環境(5Gなど)の普及も相まって、大容量の映像データを扱うことが当たり前になりつつあり、現場に行かなくても「まるでその場にいるような体験」をオンラインで提供できる時代が到来しているのです。

*“Digital Twin Market - Global Forecast to 2026”, 2021年 https://www.marketsandmarkets.com/Market-Reports/digital-twin-market-225269522.html

1-4. 「ホワイト化する社会」と見える化の結びつき

近年は、企業のコンプライアンス強化やESG(環境・社会・ガバナンス)投資の広がりから、「ホワイト化する社会」という流れが指摘されています。
これは、社会全体が不正や隠蔽を嫌い、企業や組織に対して透明性の高い情報公開を求める傾向を強めていることを示す言葉です。労働環境の改善や顧客対応の誠実さなど、企業活動のあらゆる面で“見える化”が進んでいくことで、信頼を得る企業とそうでない企業の差が鮮明になる可能性があります。

ここで「可視化」は単なる技術的トレンドにとどまらず、企業が社会的責任(CSR)やサステナビリティを実現するうえで重要な要素となります。顧客はもちろんのこと、取引先や投資家、地域社会といったステークホルダーに対して、自社のサービスやプロセスをオープンにし、情報公開の精度や正確性を高めることで、企業ブランドの向上につなげることができるためです。
逆にいえば、この潮流に乗り遅れたり、不十分な情報提供を続けたりすると、社会からの信頼を失うリスクが高まることになります。

総括

このように、見える化は製造業や医療などの専門領域だけでなく、観光・宿泊・アウトドアなど私たちの身近な分野にも深く波及し、企業や組織の「透明性」を訴求する手段としても欠かせない存在になってきました。日々進化する技術やSNSの普及は、施設やサービスの魅力をリアルに伝えるだけでなく、利用者の信頼を得るための基盤としても作用しています。
逆に、見える化が十分でない場合には、不安や疑いを生むリスクが高まるため、社会全体として「情報を分かりやすく伝えよう」という意識が高まっているのです。

次章では、こうした見える化を取り巻く消費者のニーズが、なぜこれほど急上昇しているのか、その背景や具体的な影響についてさらに深掘りしていきます。